シベリアンブルーサイド 第2部 第1章 3
「さあ、着いたわよ」
もし、ホテル・ボネーシャと云う看板がなければ、誰もここがホテルだとは気付かないだろう。それほど薄汚れた1軒屋の前でジープは止まった。
今夜のルーレットは、幸いシングルオーとダブルオーの目は出なかったようだ。それに、エカテリーナが云ったとおり、車内のヒーターは極度に利いていて、幌の破れを補って余りあった。
「アレック、あなた、まだタチアナの写真を見てないわよね!」
「何故、写真を見る必要がある?タチアナはもうこのホテルに来ているんだろう?」
「お生憎様!タチアナが来るのは明日の朝よ!あたしは今からモスクワに向かわなければならないから、あなたが明日、自分でタチアナを見つけて接触するの!」
「おいおい」
「アレック、まるで私が騙したとでも云いたそうな顔をしているわね!私は或る女性を呼んであるとは云ったけど、もう来ているとは云ってないわよ」
「普通、呼んであると云えば、既に来ていると思うだろう?」
「それは、言語の意味に関する見解の相違ね。さあ早くタチアナの写真を見て頂戴!」
「やれやれ」
俺は仕方なくダッシュボードの中にあった、数葉の写真を取り上げた。
「カーチャ、タチアナと云う娘は、明日、私の前に全裸でやって来るのか?」
「まさか」
ダッシュボードの中から取り出したタチアナの写真は全て、生まれたままの姿が写っていた。
「タチアナは現役のシベリアンブルーよ!タチアナ・メドルスキー伍長」
「何だと?」
「正真正銘、シベリアンブルーのサンクチュアリ部隊員よ!」
「本当か?」
「だから、とびきりの情報だって云ったでしょう!アレックも知ってのとおり、サンクチュアリ部隊員は、全員が10代の女の子で構成されていて、宿舎にいる時は身の潔白を示すために、全員、全裸で生活をしているわ。だからタチアナも全裸の写真しかないの」
「有り得ない!幾ら10代の兵士だけが所属しているサンクチュアリ部隊でも、あのシベリアンブルーだぞ!敵に寝返るなんて信じられるか!」
「まあね、アレックがそう云うのも無理はないけど、今回は本当なの。「凍る月」のレミコフの情報も元をただせばタチアナからの情報なのよ」
「これは罠に違いない!」
「さあ、どうかしら?罠かどうかはご自分でゆっくり確かめてみることね。シベリアンブルーの現役隊員と、1対1で話せる機会ってめったにないでしょ!それだけでも価値があると思うわ」
「まあ、確かにそうだが・・・」
俺は、タチアナがシベリアンブルーのサンクチュアリ部隊員と聞いて、頭に血が上った。
俺が今、大掛かりな捕獲作戦を展開しているソフィアと同じ、伝説のシベリアンブルーが、俺の元に情報をもたらすなど、とても信じられる事ではなかった。
「タチアナは今、ご両親の病気でお金に困っているの。500万ルーブルで話が付けてあるわ。ちゃんとお金はあなたが払ってね」
「金は全く問題ないが、そんな事より一番問題なのは・・・」
「アレック、幾ら伝説のシベリアンブルーって云ったって、推定だけど100人はいるのよ。確かにシベリアンブルーは一騎当千の工作部隊で、これまでも大きな事件の陰には必ずと云っていいほど、シベリアンブルーが絡んでいるけど、弱兵が1人位いたとしても不思議ではないわ」
「まあいい、俺が直接、確かめてやる!」
「そう、その意気よ!それに500万ルーブルって大金でしょ!シャロノフ少将閣下のご趣味は、女の子の肛門鑑賞だから、罠ではないと云う証を示すためにも、このホテルでじっくり、あなたの肛門を観察してもらいなさいって云ってあるの」
「それはご親切に」
「いいえ、愛するアレックのためだもの!このくらいの事、何でもないわ」
そう云うとエカテリーナは、ジープを発進させようとした。
「カーチャ、ひとつだけ質問をしていいか?」
「どうぞ」
「何故、タチアナの肛門を観察したら、それが罠でないと分かる?」
「あーら、あなたはいつも云ってたじゃない!俺は女の子の肛門の臭いを嗅げば、その子が俺に嘘をついているかどうかが直ぐに分かるって」
「ぐっ」
「まあ、あたしはどう云う臭いの違いで、それを判別しているかまでは分からないけど」
「OK!カーチャ、では、最後の質問だ!」
「どうぞ」
「カーチャも知っているとおり、俺は俺自身の趣味を、絶対に金で買うことはない!それは俺の生涯を賭けたポリシーだ!この点はどう解釈したらいい?今回の肛門観察は、500万ルーブルで買ったと云えなくもないぞ」
「あら、あなたがお金で買ったのは、タチアナの情報だけよ!でも、これまでの経緯からして、あなたはその情報は極めて疑わしいと思うわよね!タチアナもどうしたらあなたに信じてもらえるのかを困っていた。だから、あたしはあなたの特殊能力の事を話したの!シャロノフ卿は、あなたの肛門の臭いを嗅げば、あなたの情報が本当かどうかピタリと分かるとね。そしたらタチアナもすごく納得して、ああ、だから「肛門卿」と皆さんから呼ばれていらっしゃるのね。素敵だわ、そんなエスパーみたいな特殊能力をお持ちだんて!」
「それは本当かね!どうも君から聞くと、本当の話でも嘘っぽく聞こえてしまうのだが」
「失礼ね!要するにタチアナの肛門の臭いを嗅ぐのは、あなたの趣味ではなくて、任務だってこと!あなたのポリシーとは関係ないの!分かったでしょ?」
それだけ云うと、エカテリーナはジープの砂埃を巻き上げて、早々と立ち去ってしまった。
仕方がない。今夜はこの場末のホテルで泊まることにしよう。
しかし、エカテリーナから肛門観察の話まで聞かされているとしたら、普通は怖くて、このホテルまでのこのことやっては来ないだろう。もし来たとしたら、命知らずのシベリアンブルーの事だ。益々、情報は疑わしいと思わざるを得ない。
その時だった。
「何、云ってるのよ、アレック!あたしの言葉が信じれないの?それにタチアナって娘は、そんな半端な娘じゃないわ!来るって云ったら絶対来るわ!それも、とびきりの情報を持って、あなたの前に肛門を突き出しにね」
俺の脳裏の奥で、エカテリーナがそう叫ぶ声がしたような気がして、俺はまたブルッと身震いをした。
シベリアンブルーサイド 第2部 第1章 2
「今回の作戦は、俺が命令するまで一時中止とする。全隊、駐屯地に帰還させてくれ」
俺は副官のレオノヴィチ(Леонович)少佐にそう命じた。
「了解しました!直ちに全隊、帰還させます!ところでシャロノフ司令、この霧の中をどこかへお出掛けですか?」
レオノヴィチは俺とエカテリーナの顔を相互に見ると、いぶかしげな表情になった。
「外は寒いですから、司令専用車をお回しします。エントランスでお待ち下さい」
「そうだな、よろしく頼む」
俺は、作戦会議室の横にある車寄せに向かおうとした。
「いいえ、少佐、それには及びませんわ。司令は私のジープでお送りします。私はその後、直ぐにモスクワに向かわなければならないの」
「モスクワへ?グロムイコ派への工作か?」
「さあ、どうでしょうね?」
エカテリーナは俺の問いかけにいたずらっぽく笑うと、そそくさと司令室を出た。
「少佐、これから私はウファで工作員と接触してくる。ついでにソフィアの情報も探ってくるつもりだ。いや何、君たちでソフィア探索が無理だと云っている訳ではない。君たちは、プロニチェフ次官からの借り物だ。このくらいの捕獲作戦で、長期間拘束する訳にはいかないからね」
「ご配慮、恐れ入ります」
「明後日には戻る予定だ。作戦再開はそれからだな!連絡を入れるから誰かに迎えに来させてくれ!留守中の指揮は君に任せる」
「かしこまりました」
「あと、凍る月から連絡があった場合は、私に報告してくれ給え」
「了解!」
俺はそれだけ言い残すと、エカテリーナがアイドリングしている軍用ジープ、NIVA-600に乗り込んだ。
「おい、カーチャ、幌の前の方が破けているじゃないか!」
「心配しないで(Всё будет хорошо フスョ ブーヂット)!ヒーターは故障していないわ」
敬礼して見送るレオノヴィチ少佐の横を、勢い良くエカテリーナのジープが横切った。
近くに俺の専用送迎車、ヴォルガ2400が見えた。やはりこちらにすべきだった。
戦場ではちょっとした判断ミスが命取りになる。これからは、エカテリーナのペースに嵌らないようにしよう。
ジープが、駐屯所出口の検問所を出る時、軍用犬がこちらに向かって激しく吠え立てた。
「馬鹿犬どもめが」
短い期間とは云え、この駐屯地の最高司令官はこの俺なのだ。 最高司令官に向かって吠えるとは、一体どんな訓練を行っているのだ。
かつて第1次世界大戦下のドイツでは、優秀な軍用犬は軍犬と呼ばれて、軍人と同等の扱いを受けたと云うのに、我がロシアの軍用犬は何と無様なことか!
「ちっ、馬鹿犬どもがうるさいわね!急いでなければ、一頭残らず撃ち殺していたところなのに」
エカテリーナは舌打ちをすると、猛スピードでペシニフの森を抜ける道にジープを向けた。
俺はその時、軍用犬が俺にではなく、エカテリーナに対して吠えていた事を知った。
この女に対してだったら、俺がもし軍用犬だったとしても、激しく吠えただろう。
俺が専用車で出入りする時には、一度たりとも吠えたことがない事を思い出して、軍用犬を疑った自分を恥じた。
やはり我がロシアの軍用犬は優秀だったのだ!
「アレック、そこのダッシュボードに、今から会うタチアナの写真があるから、今のうちに見ておいて」
「カーチャ、霧が深いんだ!もっとスピードを落としてくれ」
「大丈夫!ヘッドライトを点けてるわ!対向車だって、この霧だもの!ヘッドライトを点灯してるって!」
「カーチャ、君が我が「眠らない虎」で、ナンバーワンのドライバーであったことは認めるが、私が心配しているのは、対向車との正面衝突ではなくて前方車との追突の方なんだけどね」
「アレックって本当に心配性ね!こんな田舎道、前方車なんている訳ないでしょ?」
「本当かね?」
もし、全財産をワンスローのルーレットに賭けなければならなくなったとしたら、多くの人が、赤か黒か、奇数か偶数か、少なくとも2分の1に近い確率の目に賭けるであろう。
それは全財産を失いたくないと云う心理が、自動的にリスクをヘッジする目を選ぶからである。
故に、2分の1に近い確率で賭ける手段が封じられているシングルオーとダブルオーに賭ける人は、極端に少なくなる。
誰も賭けない目は、ディーラーがスローするまでの間は、あたかも、全く有り得ない、死んでいる目として、全ての賭け手の意識から消え去っているが、無情にも、確実に19分の1の確率で、シングルオーとダブルオーにボールは転がり込む。
戦争で死ぬと云うこともそれに似ていると思う。誰もこの戦闘で自分が死ぬとは思っていないからだ。皆、シングルオーとダブルオーの目を、故意に無視しているのだ。
もし、自分が戦争で死ぬと思っている奴がいたとすれば、戦場に出る前に精神的にホールドアップしてしまって、まともな戦士にはなれない。
だが、まともな戦士はよく死ぬ。それもまた紛れもない事実である。
兵役検査で、メンタル面で不合格になれば、やれ卑怯者だとか臆病者だとか、果ては非国民だとか、周囲から激しく非難されるが、少なくとも戦闘で死ぬことはない。
まともな戦士として生きていく事と、どちらが幸せなのかは俺には分からない。
俺は、祖父の代から職業軍人だったから、戦場で死ぬ事は全く怖くない。
怖くないと云うより、むしろ戦場で死ぬ事に憧れさえ抱いている。それはエカテリーナも同じであろう。
エカテリーナと俺の決定的な違いは、俺は戦場以外で死ぬ事を極端に恐れているが、エカテリーナは、全くどちらも恐れていないと云う事だろう。
俺は戦場以外では絶対に死にたくない。まして交通事故に会って道端で死ぬなど最低だ。
誰かエカテリーナの暴走を止めてくれ!
←このブログの公式バナーだよ!貴方も貼れば僕ちゃんも貼るカモナマイハウス♪
←僕ちゃんが大活躍するサイトだよ! サーバ移転して「プチ・リーニューアル」しました♪







